番外編 「血清抗ヘリコバクター・ピロリ抗体検査に関する注意喚起」について

ほしおか内科・消化器内科クリニック 院長 星岡 賢英


2021年5月ヘリコバクター学会(http://www.jshr.jp)より「血清抗ヘリコバクター・ピロリ抗体検査(以下血清抗体)に関する注意喚起」と題する注意喚起の発信がありました。採血で調べられるので検診等で幅広く使われる検査です。しかし「体にピロリ菌が侵入した形跡があるかどうか」を調べる検査であり、「ピロリ菌が体に今いるかどうか」を調べる検査ではありません。残念ながらピロリ菌診療に携わる医師の中で正しく理解をされずに治療が行われているケースが多く今回の提言に至ったようです。消化器を専門としない医師はもとより、消化器を専門とする医師で、大きな病院で胃腸を専門とする医師や、胃がん治療を治療とする医師でも正しく理解されていないケースが散見され注意が必要です。専門特化された内視鏡の技量というよりも感染症内科の知識やセンスが問われるからです。特に次のようなケースは要注意です。

①検診の採血でピロリ抗体を指摘。検診時に胃カメラあるいは受診後に胃カメラを施行せずにそのままピロリ菌治療が行われた。
→胃カメラを行い、萎縮性胃炎(ピロリ菌による胃炎)、胃潰瘍、胃がん等の病気を確認してから治療を行うことが大前提となっています。発がん物質であるピロリ菌感染が疑われる状態で、胃カメラを行わないことは通常ありえません。お心当たりの方は、一度ご相談下さい。

②検診の採血でピロリ抗体を指摘。検診時に胃カメラあるいは受診後に胃カメラを施行され、ピロリ菌の感染が疑われる所見を認めたが追加検査をされずに除菌された。
→残念ながら実際には多く見られるケースです。今回の提言でも「除菌治療に際しては抗体法以外の5つの検査法のいずれか、または複数を用い現感染を確認してください。」
と名指しで批判を受けています。正しく感染診断、あるいは除菌診断が行われていない可能性が高いです。こちらもお心当たりの方は、一度ご相談下さい。


実際に、私(院長)は検診でピロリ抗体陽性となった患者様にすべてに追加検査を施行しており、追加検査でピロリ菌感染が陽性とならなかった患者様は胃カメラの所見と併せて除菌の適応を判断し、治療を見送っているケースも多くあります。院長が2016年から2019年までに行ったピロリ菌に関する研究では、採血でピロリ抗体が陽性となり、明らかな現在の感染でも最初から息の検査がひっかからない(偽陰性)となる患者さんもいらっしゃることが分かっており、感染を診断する検査と、治療の成功を判定する検査を同じ検査で揃える重要性を報告しています。(2019年日本内視鏡学会総会、2021年1月日本ヘリコバクター学会総会)
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以下ヘリコバクター学会の提言を参考のため記載します。

血清抗ヘリコバクター・ピロリ抗体検査(以下、血清抗体法)

1. 血清抗体価は「現在のピロリ菌感染状態」を反映するものではありません。
 血清抗体法は、保険収載された検査法の中で靜菌作用を持つ薬物の影響を受けない長所を有していますが、現在のピロリ菌感染状態を反映するものではなく血清抗体が陽性というだけで除菌治療を行うことは推奨されません。特に、胃がんリスク評価の際に用いる「陰性高値」例には多くの既感染、未感染例が含まれます。ABC分類における「B群、C群」という判定についても、取り扱いは同様です。問診で除菌歴を除外できても、除菌治療しないでピロリ菌が消失する例(偶然除菌例)が混在するため注意が必要です(引用1)。さらには、除菌成功後の抗体陰性化には年単位の時間を要することが多く(2年経過でも約半数)、除菌後長期経過しても血清抗体価が十分に(半分以下に)低下せず陽性域での持続例があるため、血清抗体法のみで除菌判定をおこなうことは適切ではありません(抗体価が陰性化しないことは、除菌不成功と同じではありません)(引用1)。

2. 除菌治療前には、血清抗体法だけではなく現感染診断に適した検査を実施し、陽性であることを確認してください。
 現在、保険収載されている6つの検査法(鏡検法、培養法、迅速ウレアーゼ試験、血清・尿中抗体法、便中抗原法、尿素呼気試験)すべてにおいて、偽陰性、偽陽性は生じ得ます。ピロリ菌感染診断においては、これらの検査結果や画像所見を総合的に評価することが重要ですが、除菌治療に際しては抗体法以外の5つの検査法のいずれか、または複数を用い現感染を確認してください(多くの施設で安定した結果が得られる検査法は尿素呼気試験、便中抗原法、迅速ウレアーゼ試験です)